矢作川を知ろう 【矢作川と人】

みんなが遊んで楽しめるところを作ってやりたいな

萩野鎭夫さん(1948年生まれ)(初音川ビオトープ愛護会会長) 

豊田市で水辺を整備する住民団体、「水辺愛護会」のうち、最も南部で活動しているのが初音川ビオトープ愛護会です。初音川ビオトープ愛護会は、初音川と逢妻男川の合流点のビオトープにおいて、年間20回に及ぶ草刈りやごみ拾いなどの他に、ミシシッピアカミミガメの防除、ニホンミツバチの養蜂も行っています。その活動の原動力が何なのか、会長である萩野さんにお伺いしました。
      (聴き取り:吉橋久美子 2021年1月29日 豊田市矢作川研究所にて)



<やるのが当たり前>

吉橋)初音川ビオトープ愛護会の皆さんの熱意はどこからくるのか、関心を持っています。
アカミミガメ防除に関する研究所のシンポジウム※でパネリストとしてご登壇いただきましたが、そのときは、活動に対し「先祖代々、やるという機運があって」とおっしゃっておられましたね。

萩野)誰かがやらないかんし、やるのが当たり前って生活してきたからね。地区で信頼されてる人が活動に出てひっぱってくれるし。ま、めちゃな要求しちゃいかんけどね。こんな奉仕作業でめちゃなこと言うことはないもんね。
 楽しみもあるよ。ハチミツとったらわけるし、農園の野菜とか、いろんなものをもってきて、「欲しいやつ持ってけよー」って言う人がいたり、物々交換みたいな世界があるから。
 でもいずれ、僕らの子どもの時代は、そういうお山の大将はいなくなるんじゃない?そうすると、なかなかみんなが言うこと聞かんかもしれんね。今は自分で少々燃料代出しても草刈りしてもいいっていう時代だけど、それが、時代が崩れるかもしれんね。




<子どもが遊べる場所を残していかんと>

 子どもが遊べる場所を残していかんと。だって、あの子ら、行くとこないもんね。お金を出せばなんでも買える時代かもしれんけどね。自然でちょっと遊べるようなとこにしてやりたい。自分で勝手に木に縄をつってブランコやってみて、切れて落ちました、ぐらいのね、ちょっとした探検ができるところにしてやりたい。



<子どもたちのためだけど、私らも含めて>

 私らの子どもの頃の時代に戻したいよね。昔遊んでた丘は工場になったしね。今度学校はタブレットとかパソコンばっかになるじゃん。そうするとまた外に出なくなる。ここで竹馬で遊んだりできるところを作ってやるといいのかなあと。カブトムシでもなんでもいいけど、朝来ると樹液に集まった虫が捕れるよ、そんな里にしてやりたい。
子どもたちのためだけど、私らも含めて。みんなが来てみんなが遊んで楽しめるところを作ってやりたいな。



<「あいつに頼まれりゃしょうがない」でメンバーに>

 去年ぐらいからメンバー増えたもんね。あいつに頼まれりゃしょうがないっていうことで口伝いで少しずつ増えてる。新しい人が来ると変わった意見が出るんだ。なんでザリガニが増えたんだとか思わぬことを言わっせるから、なるほどなあと。良い悪いではなくいろんな発想を言ってくれるから楽しみなんだ。

※平成30年度豊田市矢作川研究所シンポジウム「みんなで育む地域の自然 ~豊田市アカミミガメ防除プロジェクト報告会」



写真は2018年~2021年に撮影。



ヤギが草刈りをお手伝い

めぇープルファーム:鈴木光明さん(会長)(1952年生まれ)・鈴木康生さん(事務局長)(1970年生まれ)

 豊田市で河畔林を整備する住民団体「水辺愛護会」の重要な活動が草刈りです。しかし、どこの愛護会でも人手不足が課題であるとお聞きします。そんななか、豊田市新盛町(足助地区)にある「めぇープルファーム」がヤギによる除草事業を行っているということで、お話を伺いました。ヤギ除草はコストの削減を主な目的として既に各地の河川堤防などで行われています(井上・宝藤,2020)。
(聴き取り:洲崎燈子・吉橋久美子 2020年11月6日 「めぇープルファーム」にて)



写真:左から、鈴木康生事務局長、鈴木光明会長、会員の貞島容子さん

 めぇープルファームは耕作放棄地が増える山里の景観をヤギとともに守ること、住民とヤギのふれあいの場をつくることを目的に2016年に発足しました。聴き取り当時7頭(2021年2月には子ヤギが生まれ9頭)のヤギが飼育され、除草では一か月単位、イベントでは一日単位でレンタルできます。
 ファームを訪れると、丘の上で草を食んでいた放し飼いのヤギたちが走り寄ってきました。とてもなついています。敷地の一角にはめぇープルファームの会員たちが建てた丸太組みの「ヤギ小屋」があります。





<ファームの変化>
鈴木康生:始める前は、ここは雑木やら竹やらがいっぱいだった。それをまず切り倒したじゃんね。それからヤギが入ってこの状態(草丈が低く抑えられている)。新しく雑木が生えてきたりとかはない。生えれば食べる、生えれば食べるで。
鈴木光明:ヤダケがずーっと生えてたんだけど、育つ暇がない。タケノコも食うもんでね。

<ヤギをレンタルしたい場合は>
光明:冬に荒れたところを刈っておいて、春先に一か月ぐらい一回ヤギにきれいに食べさせて、夏と秋にも一か月ぐらい、食べさせるといい。つまんで千切れるぐらいの柔らかいのじゃないと食べないんで。

ヤギの送り迎えは自分たちができれば一番いいんだけど、人員が今いないので、軽トラで迎えに来ていただけると助かる。

逃げ出さないようにするには、杭でつなぐやり方があるけど、地面にロープ張って、リード付けて移動できるようにしていただけると一番いい(図)。斜面でも、縦でもいい。あとは柵で囲うという手もあるけど大変だもんね。



図:地面に張ったロープとリードでヤギをつなぐ方法。

日差しと、夜露がしのげればほとんど大丈夫です。だけどあんまりほったらかしとくといじけるんで。無視されたと(笑)。だから一日に一回は顔見せたほうがいいかなと(笑)。杭の場合は日に最低2回ぐらい見てもらわんと、つくなっとる※1ことがある。あと太い草が生えとると草を巻いて動けなくなる。


<ヤギもそれぞれ>
康生:ヤギはすぐ慣れる。でも最初に会長のところに行った一頭が慣れなくてね。
光明:もう今は大丈夫。いやあ、それぞれね、個性がある。一番ビビリだったやつがね、今一番冒険心がある。あいつが先頭に立ってどこへでも行っちゃう(笑)。

<2年目には成果が>
光明:昔はこの辺でもヤギ飼っとったよ。お乳と草刈りの両方で。ヤギを入れればね、1年目は厳しいかもしれんけど2年目になれば、もうこのファームみたいになるもんね。
洲崎:(食べられていない草がわずかに残っているのを見て)おもしろいですね、チカラシバだけ残ってて。嫌いなんですかね。
光明:それね、食べないんだわ。葉の細いものと茎の硬いものはどうしても残すね。花の咲く前なら食べちゃう。秋にここまで伸びると固くて食い千切れないんだよね。





***
めぇープルファームの風景はヤギの仕事ぶりがよく分かるものでした。豊田市藤岡町の緑が丘西公園で2021年4月にめぇープルファームのヤギたちによる除草の実証実験が行われる予定だそうです※2。

井上勇樹・宝藤勝彦(2020)ヤギを活用した堤防植生管理の効果 -BACIデザインに基づく現場除草実験・結果分析から―.河川総合研究所報告、25:21-33.
※1.つくなっとる…「つくなる」。ここでは、杭にリードが絡まってヤギが身動き取れなくなってしまっている状況。
※2.矢作新報2021年2月26日



水辺愛護活動の安全性を高める

平松清文さん(1954年生まれ)(太田川(だいたがわ)河川愛護会会長) 

<「多自然型工法」で改修された太田川>
 豊田市の松平地区を流れる準用河川太田川は1990-1999年度に河川整備事業がおこなわれた川です。当初は圃場整備に伴ってコンクリート護岸が計画されていましたが、途中で多自然型川づくり工法(近自然工法)に変更され、コンクリート護岸よりも自然の川の姿に近く、かつ、災害に強い形に整備されました。
 そして2000年、地元住民による「太田川河川愛護会」が発足し、これまで20年の長きにわたり、草を刈り、ごみを拾い、太田川を守ってきました。
 先日、会長の平松さんから、活動をするうえで改善してほしいことがあると連絡をいただき、お話を伺いました。今回は草刈りの安全性について的を絞り、対策を講じた写真とともにご紹介します(複数回の聞き取りをもとに構成しました)。
(聴き取り:吉橋久美子、高橋啓太。2020年1月21日(吉橋)、4月22日(吉橋、高橋))



<斜面の草刈り>

(斜面を歩きながら)ここはもう足場がないようなところで草を刈ってるんですけれども。これで自分の体重支えながら刈るんだもんね。すごい不安定。それで草刈り機持って。ずり落ちると危ないんですよ。
 で、どうやってるかというと、自分で真ん中に10センチぐらいの足場を作ってるじゃんね、作業用の。そうすると、すごい楽に草が刈れる。これだけでえらい違いだ。平らな所を歩くのと斜めのところを歩くので全然違うんだ。
 草刈り機で草が刈れるのは半径2メートル程度。だから、草刈りが必要な場所から2m以内に安全な足場を確保したい。




対応>>斜面に小段を入れる工事が行われました(写真右)


<地面がイノシシに掘られる>

 今一番いかんのはイノシシが地面を全部掘って、足場がすごく悪い。草刈りの時に掘られたところに足を取られてバランス崩したりするんですね。うまく刈れないですし。




対応>>イノシシに掘られた地面の整地をしました(写真右)。


<石張りの護岸部分の草刈り>

 岩があると大水の時、岸が削れんでいいというのはありますよね。だけども、岩を組むと結局草が生えてきて、木も生えてくる。だからみんな、ずり落ちるような斜めのところで一歩一歩、確認しながら、草刈り機を持って草を刈ってて。
 草刈り機が届く範囲のところでやっぱり段を作って足踏ん張って刈れるような形にしてくれないと、管理するのが怖い。




対応>>河川が曲がっている部分(約50m)では、大水が出た時の洗堀を防ぐために石が張ってあります。そのため、整地や小段設置が困難であり、今後は業者の方に頼んで草刈りをしてもらうことになりました。 
写真左)2000年10月31日 写真右)2020年5月20日 石張りの間から草が生えている


<管理する側の視点を今後に生かしてほしい>

 太田川自体の対応も大事だけど、新しく整備するところについても管理する人のことを考えて管理しやすいように作ってほしいな。「自然のイメージ」や景観だけじゃなくて。それに、ここは高齢化しているけどそういう所は他でも多い。ボランティアの人に頼むことになるにしても、危ないと頼めないよね。

<子どもたちに川で遊べる楽しさを>

 僕はやっぱり子どもたちに川で遊べる楽しさをと思ってやってるんですけども実際にこの自治区の子たちはほとんど来ません。まずお父さんたちが川に連れて行かない。
 よく来るのは名古屋の人たちで、ここはきれいだねと言って、特に夏休みになると多いですね。草を刈ってあるところにタープを張って遊んでいきますよ。三面張りで梯子をかけないと降りられない川も多いけどここはどこからでも降りられる。亀の甲みたいに石が組まれているところは子どもたちが岩の上から飛び込んで、すごい喜ぶ。

<ボランティアが来てくれると嬉しい>

 川だけじゃなく、集落のお役の草刈りもあるし、自分の畑や田んぼの草刈りもあるし、かといって活動の回数を減らすと後々大変。草が大きくなりすぎるし、洪水があった時に草が寝ちゃったりして草刈り機では刈れなくなっちゃいますし。
 今はできる範囲で続けていこうと思います。草刈り機を持ち込んで一緒になってきれいにしてくれるボランティアがいると嬉しいんだけど。地域貢献したいっていう人がいると思うんだけどね。

参考文献
*矢作川研究所「RIO」への平松清文さんの寄稿 「太田川河川愛護会 ―10年後・20年後をめざして!―」「RIO N0.34」(2001年2月号)。
*矢作川研究所による太田川の生物モニタリング調査結果
・内田朝子編集「太田川多自然型川づくり~第一回モニタリング調査を終えて~」「RIO No.38」(2001年6月号)
・内田朝子・洲崎燈子・山本敏哉・白金晶子・藤井泰雄(2004)準用河川太田川自然環境調査報告―多自然型川づくりを用いた河川整備の評価―。矢作川研究、8:187-218。



「地域ひっくるめて」の竹林再生を目指すメンマづくり

このページは、矢作川の流域に関わりのある方にお話を伺い、「語られたままの言葉」をできるだけ生かして、川と人とのつながりをご紹介することを目的として作成しています。

山岡真人(まこと)さん(1976年生まれ)(「竹々木々(ちくちくもくもく)」(アドバイザー))
野田侑希さん(1986年生まれ)(同 共同代表) 

 近年、山間部や川辺に見られる荒廃した竹林をなんとか生かそうという動きが各地で起こっています。豊田市旭地区でも、「地域を担う人材創造拠点」として立ち上げられた施設「つくラッセル 」(注1)のグループ「バンブーチャイルド」が2018年に竹林再生を目指してメンマづくりを始めました。
 そのメンマづくりの中心人物だったのが旭で生まれ、矢作川を遊び場として育ち、今も投網(網を投げて、潜って押さえる)でアユをとっては家族にふるまう山岡さんです。高校時代やご結婚当初の一時期以外はずっと旭に住んでおられます。
 今年のメンマづくりの中心となるのは野田さんです。「竹好き」で知多半島の竹林整備に携わっておられましたが「山に住みたい」と旭に移住。「日用品のほとんどは竹でできる。ずっと使えないからこそまた竹は伐られ、循環していく」と、竹の可能性を追求し、竹細工を習い、竹行灯ワークショップなどを企画しています。
 「竹々木々」は「バンブーチャイルド」が発展したもので、竹だけでなく旭の地域材をもっと利用しようと2019年4月1日に発足。その翌日にお話を伺いました。
(聴き取り:洲崎燈子、吉橋久美子 2019年4月2日 「つくラッセル」にて)





<タイミングが重なってメンマづくりがはじまった>

山岡:4年ぐらい前に、なんかふと、竹でメンマ作れんのかなあと思ったことがあって。自分そんなラーメン好きじゃないけど(笑)元々料理人でいろいろ作るの好きなんで。自分とこも山持っとるんで竹はね、ずっとあったんで、なんとかできないかなあと。
(先進事例である)天竜のメンマづくりのことは、雑誌(注2)で見てて 。で、矢作川研究所のシンポジウム(上記のメンマづくりを企画し、雑誌記事で紹介された曽根原宗夫氏の講演が行われた)に参加した「本気部」(注3) (地域情報誌の企画)の仲間に誘われて、去年の4月に天竜に視察に行って。で、「つくラッセル」のグループでやったら面白いんじゃない?ということで、いろんなタイミングが重なって始まったんです。愛知学泉大学の学生さんや愛知県(行政)の人も手伝ってくれました。


<メンマづくり、試行錯誤の一年>

1.タケノコを伐る
 有間竹林愛護会(注4) の竹林と築羽(つくば)自治区の竹林で、去年は主にハチクのタケノコを伐りました。2mぐらいのタケノコでいいんだけど、鎌で伐れる堅さのところを伐る。無理しんでサクッと伐れる感じのところ。
 みんな去年は「初」でわからんし、強引に伐れば伐れちゃうもんで、無理くりね(笑)、メンマにしちゃって後で繊維が出て食べれないっていうのもあって。戻してみたら筋張ってて食べれん。やってて悲しくなってね。自分のようにやっとると経験上ね、これは食べれるとこだなってわかるんですけど。





2.茹でて、塩漬けする
 えぐみが出るんで節をとって、茹でてから塩漬けします。メンマって、ちゃんと発酵されるとすごい美味いんですよ。アミノ酸がすごい出るんで。うちは発酵食品、乾燥食品で作りたかったんで、ちゃんと乳酸発酵させて、天日干しで。
塩分濃度はうちは10%にしたんですよね。一か月ぐらいでちゃんと繊維もほどけて。夏越すならもっと塩分濃度高めて20%とか。塩分濃度が高いと乳酸発酵は遅れます。



(竹林で竹を伐り、カットして茹でるまでの4枚の写真は竹々木々提供)

3.干す
 乾燥は天日だけだったら3,4日あればカリカリぐらいに。そうしとけばその後は一年中いつでも戻していいですよっていう状態にしとけれる。

4.水で戻して調理する
 成形調理の前日に水で戻す。戻し方もコツがあります。塩抜きと兼ねてるわけで、戻し過ぎるとうまみも全部出ていっちゃう。流水でやっちゃうと抜け過ぎちゃうんで、できればためた水で入れといたほうがいい。
 でカット成形して調理ですね。サイズは細かいと乾燥工程が大変になっちゃう。今年はもうちょっと大きくやろうと。
 味付けは築羽の梅とネパールのスパイス。化学調味料は使わないで、ほんとに酒と、みりんと醤油、スパイスで、しかもこだわったものを使っとるだけで。ほんとはアユ味を作りたい。「アユチョビ」(山岡さん手作りのアユの塩蔵品。「アンチョビ」に似せた名で呼んでいる)を使ってやると絶対うまい。

<5.販売する>
 去年は11月に販売したけど(75g800円。100袋を製造し、1か月ほどで完売)、寒いと香りが立たないんですよね。本当はタケノコが出た時期に仕込んで、そのまま流れで夏に販売できると一番売りやすい。今年はこの辺の夏祭りで売りたい。



<旭全体で盛り上げたい>

野田:今年は地域の人から竹を買い取ります。厚みのあるモウソウチク限定で、「朝どれ」がポイントで(注5) 。すべての工程に地域の人が関わってくれるといいなと思うので、ワークショップとかでやれたら。地域ひっくるめてやりたいので。

山岡:旭全体で盛り上げたいんですよね。ちゃんとできるようになれば買い取りは一本300円じゃなくて500円ぐらいまではいけるんじゃないかなあ。要は、みんなの仕事を作りたいんですよ。プチ仕事でもいいんで主婦層、女性陣、じいちゃんたちも、それで興味が湧けば多少竹林に手を入れるかなと思うんですよ。
 旭も昔は竹を扱う人が一つの集落に一人はいましたね。自分が子どもの頃も農機具屋の人がやっていた。まだ道具はあるって言ってましたけど、継ぐ人がいないんで。道具だけでもレスキューできるといいんですけど。
 うちの親父は「こんな(大きな)タケノコとっていいんか」、っていうけどそれがいいんだよって。昔はねえ、旭でも、大きいタケノコにして取っとった地区とかもあるんですよ。戦後の食糧難の時代。そういう面でもおもしろい。昔の竹利用とかね、聴いときたい。竹だけじゃなくていろんなことがね、まだまだ、聴けてない話が多いと思うんです。


(注1) 「平成24年3月に137年の歴史に幕をおろした旧築羽小学校を再活用した地域を担う人材創造拠点。」(つくラッセルfacebookページでの紹介文)。2018年オープン。
(注2) 雑誌では、長野県飯田市の舟下り会社に所属する船頭である曽根原宗夫氏を中心に立ち上げられた、川沿いの放置竹林を間伐し、その竹を燃料として燃やしたり、筏、メンマ等に加工して活用する「鵞流峡復活プロジェクト」が紹介された。プロジェクトの過程で地域のつながりも生まれているという。雑誌『BE-PAL』(2018年2月号「地方創生時代の歩き方 ルーラルで行こう!」No.33)。
(注3)地域情報誌『耕ライフ』誌上で一般に参加者を募り、「当たり前のように購入していたものを作ることにより、作り手や大地の恵みへの感謝の心をはぐくみ、知識や技術を身につける」ことを行う企画で、メンマづくりは「ラーメン」作りの一つとして実施された。
(注4)矢作川の川辺の竹林を保全する地元団体。
(注5)「長さ1.8m、直径13cm以上の朝どれ孟宗竹のタケノコを1本300円で限定100本買取します」(「つくラッセル news 2019年4月号より」)。「朝どれ」に限定しているのは、時間が経つとえぐみが出るため。



真っ暗がりのところにはヘボは来ん ~手入れされた山の恵み、ヘボ~

このページは、矢作川に関わりのある方々にお話を伺い、「語られたままの言葉」を生かして川と人とのつながりをご紹介することを目的として作成しています。

鈴木十(つなし)さん
(1942年うまれ)


 鈴木十さんは豊田市足助地区の五反田町で「ヘボ追い」をされています。「ヘボ」は長野や岐阜、愛知などで食べられているハチで、ヘボご飯や佃煮にしたり、五平餅の味噌に混ぜて使います。鈴木さんは、ヘボの成育が山の状況など自然環境に大きく左右されるということやヘボを通じた交流についても教えて下さいました。
 ヘボ追いは「遊び仕事※」 の代表的なものともいえます。説明してくださる皆さんの楽しそうな表情が印象に残りました。(聴き取り:洲崎燈子・吉橋久美子 2018年12月17日(月)鈴木さんのご自宅の離れ(地域の皆さんが日常的に集まるというお部屋)にて)
※ 「自然との密接で直接的な関係がある、経済的意味に還元できないような誇りや喜びが得られる、身体性をもつ、遊びの要素が強い」といった特徴がある(鬼頭秀一、1997地域社会の暮らしから多生物多様性をはかる:人文社会科学的生物多様性モニタリングの可能性。In:自然再生のための生物多様性モニタリング。鷲谷いづみ・鬼頭秀一編。東京大学出版会2007)




<ヘボの一年>
 ヘボっていうのはクロスズメバチとシダクロスズメバチの2種類ね。区別?飛び方とかで俺は分かるけど、わからん人もおる。クロスズメバチの巣はせいぜい1キロ500(グラム)ぐらいしかならん。シダクロスズメバチっていうのは巣を大きするやつで4キロ5キロていうのができる。
ヘボをぼう(追う) のは6月の中から後ろだな。ヘボは土手に来るのもおるけど林の中が多い。餌をヘボが来そうな場所に吊るして食わせる。餌はわしがとう(わしら)はイカをつかう。
 目印(ビニール袋を割いたもの)のついた餌を食らったヘボぼって、巣を見つける。巣までは200mちょっとぐらい。巣穴を見つけたら、防護服を着て、手で掘り出すよ。木なんかの根っこが絡まってると壊れちゃうで、周りをはさみで切ってって。巣は8センチから15センチぐらい。4、5人のグループで、一年に60から100ぐらいさがすよ。それから選んでくる。多い人は10個ぐらい飼うかな。わしは6つ。餌場がかぎられちゃうもんでね。



 ヘボ小屋で10月まで飼う。餌は10月の中ぐらいまで毎日一回はやっとる。最初は鶏の生の肝。とる15日前までには、幼虫が肝臭くならんよう鹿の肉にかえる。鹿は鉄砲で撃ってくる。それと砂糖水。2リッターで砂糖1キロを溶かいて(溶かして)やっとるけど、それを、年間で何十キロかな、40キロばかじゃない ね、最高になると1日6リッターぐらい作る。
 巣はよそ(恵那市串原など)のイベントに持ってく(販売する)。去年まで「足助ヘボコンテスト」をやっとったけど今年はもうやめた。歳とってやれんもん。みんなに迷惑かかるし。
ヘボの巣は一年で終わる。新しい女王が巣から出てすぐに交尾して冬眠にはいっちゃう。4月ごろに出て来て巣作り始める。


<研究を重ねる>
 毎年違うね、状況が。女王が冬眠する状態と、あと周囲に餌があるかないか。やる餌なんてしれとるもんね。わしが思うには20%ぐらいだと思う。ヘボは狩りバチだもんで、あとは外でクモだとか虫だとか食べとるね。
 一番大きな巣は5キロぐらいになる。初めは2キロぐらいしかいかなんだ。「うちのとこは種類悪いだ」っていって、山岡町(恵那市)の名人に巣を渡して飼ってもらった。そしたら大きなった(笑)。それで大きすることに関して名人に習った。みんなどえらい研究しとるよ。


<昔は里ヘボがようけおりよった>
 ヘボは小学校5、6年の時からやっとるよ。昔の餌はカエル。カエル持っちゃあ歩いて(笑)。昔は人工林ももちろんなかったし田んぼの基盤整備もやってなかった。段々の田んぼで。里ヘボ(クロススメバチ)がようけおりよった。あぜ道とかで巣をつくりよっただけど、だんだんだんだん減って。今はほとんどシダクロ(スズメバチ)になっちゃったね。環境だろうね。


<間伐して3年経つとヘボも来るようになる>
 ヘボは真っ暗がりのところ(手入れができておらず木が密生して生えているところ)には来ん。うちの山は市の助成で間伐やってもらって。しばらくは食わんけど、3年ぐらい経って中の下地(草や低木など)がしとなりだす(成長し出す)と虫が来るもんでヘボのオヤバチ(女王蜂ではなくハタラキバチのこと)も来るようになる。狩った虫は幼虫の餌になる。オヤバチは幼虫から液をもらう。
 ヘボはほりゃあ楽しいよ。やめられん。お金にはならんけど生きがいにはなる(笑)。


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■ヘボ仲間 安藤馨さん(写真右)(1936年生まれ)
 ヘボは全部がおもしろい。生きがい。(ヘボが餌に)食らいついたら昼飯抜きでぼっとるもん。わしゃあ「ツケ 」(ヘボに餌をつける役)だもんで、あんまり先頭いって目印見らんけど、たまーにやるじゃんね。前から白いやつ(目印のビニール)がチラチラチラーっと飛んできたときの感動はいいね。]

■ヘボ仲間 山下和雄さん(写真中央)(1941年生まれ)
 今年は5キロ100(グラム)の巣ができた(この地区で今年一番の大きさ)。23キロで18万(円)ぐらいになった。餌が4万かかった(写真:巣の重さ一覧。「バラシ」は巣の外側をとったもの)。




■ヘボ料理 鈴木史寸江さん(奥様)(1946年生まれ)のお話
 ヘボのコンテストやってた時は前の日から女性10人ぐらいで五平餅800本作ってね。幼虫を甘辛く煮つけて、細かく刻んでお味噌に混ぜて。佃煮は巣の中に入ってるの全部使う。黒くても白くても(黒…成虫に近い)。私はよう食べんけどね(笑)。決まった調味料を入れて、味見は全部主人(笑)。

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●捕獲した巣を入れる小箱と巣箱
 小箱も巣箱も全て手製である。巣を採ったら小さな穴が無数に空いている小箱に入れ、巣の大きさに合わせて穴から竹ひごを打ち、固定して持ち帰る。
●ヘボ小屋
 ヘボ小屋は鈴木十さんが持ち山の杉を刻んで建て、瓦を葺(ふ)いた。ヘボを飼っている時はトレーを敷いて水を入れ、巣箱を載せて並べる。小屋の前面に渡した針金に餌を吊った針金をひっかけて、食べさせる。枠の上の皿に砂糖水を入れる。(写真は巣箱を置いていない状態)





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<オオスズメバチ>
 オオスズメバチは、ペットボトルに返しをつけた「ウゲ 」のようなものを巣穴にはめ込み、周りを叩くと「ダーっと」出てくる。
 オヤは生きたまま35度の焼酎につける。糖尿の血糖値を下げるという。キャップに一杯ずつぐらい飲む。「たいへん(たくさん)飲んだらあかんがや」。一本2,3千円で売れる。子はから揚げにすると「ヘボよりうまい」。>