矢作川研究所日記

2026/05/11

初音川ビオトープで植生管理の打合せをしました


 去る4月14日に、初音川ビオトープ愛護会の方と植生管理について現地で打合せをしました。
 初音川ビオトープでは、愛護会員が参加するワークショップを経て作成した「管理・活動計画図」をもとにして、計画的な維持管理が行われています。近隣の人々がよく訪れる場所でもあり、いつ行っても気持ちのいい風景が広がっていて、愛護会の方々には頭が下がります。
 この日は、矢作川研究所の植物担当研究員が変わったことに伴い、前担当の洲﨑燈子博士にも来ていただき、植生の状況や植物観察会の内容などの引き継ぎも兼ねて行ないました。着任したばかりの野田研究員は、草地を得意としていることもあってか、打合せが終わった後も熱心に現地の様子を観察していました。(山本)



2026/05/09

広沢川猿投水辺愛護会と川づくり勉強会を行いました

2026年5月9日に、広沢川猿投水辺愛護会と研究所で「川づくり勉強会」を行いました。広沢川猿投水辺愛護会(以下愛護会)は、「ふるさとの川づくり事業」を経て、2025年に発足した愛護会です(文末リンク参照)。

この日は近自然工法※の講師に指導を受けながら、いくつかの作業を行いました。
※自然に近い形を目指して行う河川の整備・改修方法。目先の川だけでなく、流域全体の自然環境や景観との調和も図る。


協力して作業を行う皆さん

・置き石とクレソンの除去
川や水路の合流地点は川底が掘られてしまうため、蛇篭※などの護床工が設置されることがあります。広沢川に流れ込む水路の吐水口にも蛇篭がありましたが、浚渫後に針金が露出するようになり、川遊びをする際に危険でした。愛護会では、人が入らないように目印をつけたり、針金を短く切ったりして対処していましたが、より安全にするために、そのエリアを置石で覆いました。


before

after

・石組みの落差工のメンテナンス
落差工周辺の水際が削られて、石組みの横や下から水が流れてしまっていました。そこで、隙間に小さい石や土砂を詰めたり、削られた部分を大きめの石で補強したりして、落差工の上を水が乗り越えるようにしました。


before

after

・置き石による護岸
えぐれていた水際に石を置くことで、えぐられるのを防げるようにしました。


バケツリレー方式で安全に石を運ぶ

before

after

広沢川猿投水辺愛護会の皆さんは、いつもながらのチームワークで川づくりを進めました。たくさんの石を運んだので大変だったと思いますが、「日曜大工感覚」で川に手を入れる「小さな自然再生」の醍醐味を実感できる時間になったのではと思います。
川は変化し続けるため、手直しも随時必要になりますが、講師はその変化も楽しんでほしい、とおっしゃいました。川との楽しいお付き合いが続くことを願っています。

※竹や鉄線で編んだ籠に石を詰めた土木資材であり、川床や法面などを保護するもの。


「ふるさとの川づくり」第二の川として、広沢川で活動が始まりました
広沢川ふるさとの川づくりワークショップ「川の思い出を語ろう!」を行いました
広沢川で川づくり学習会(ふるさとの川づくり事業)
広沢川で川遊び!(ふるさとの川づくり事業)
広沢川で川づくり学習会(第2回)を行いました
広沢川で川づくり勉強会をしました
広沢川猿投水辺愛護会が発足しました | 矢作川研究所



2026/03/13

第21回 矢作川学校ミニシンポジウムを開催しました

2026年3月7日に第21回矢作川学校ミニシンポジウム(以下、ミニシンポ)を豊田市博物館セミナールームで開催しました。ミニシンポは、主に若い世代の研究者が研究成果や計画を気軽に発表・発信する場、世代を超えて自由に意見交換ができる場としての役割を担っているもので、2005年から年1回開催されてきました。

今回のミニシンポでは、学生の研究9題、矢作川研究所の研究1題の計10題の発表がありました。矢作川をフィールドにした底生動物の研究の他、外来生物アメリカザリガニ幼体に注目した捕獲罠の開発や地下水中の硝酸性窒素除去に関する研究がありました。矢作川研究所からは、洲崎研究員が長年、市民とともに調べた流域の森について発表しました。

発表者は高校生、豊田工専、大学生、大学院生と幅広い年代でした。質疑応答では、矢作川学校初代校長の梅村先生から、矢作川支流の河口部の形状変化を紹介いただくなど「世代を超えた対話」があり、ミニシンポの目的に到達している様子が垣間見られました。過去の開催では、若い人たちからの質問や意見が乏しく、大人の発言に偏ってしまうことが課題でしたが、今回は、発表者が互いに質問する場面もあり、まさしく研究者の交流の場となっていました。

例年通りリモート配信も行いましたが、それを視聴した浜松市の「ガチ!生物多様性塾」の方からは、「隣県ではあるものの、近くなので今後、連携していけるといい」といった嬉しい感想を寄せていただきました。

最後に、発表した証として「賞状」が校長から手渡されました。この発表経験が彼らの自信と勇気につながってくれることを願っています(内田)。


高校生による発表の様子

大学院生による発表の様子

洲崎研究員の発表の様子

会場に多くの方が参加くださいました

賞状の贈呈

参加した皆で記念撮影



2026/02/07

矢作川研究所シンポジウム「未来を育む川での学び」を行いました.

パネルディスカッションの様子


2026年2月7日に,豊田産業文化センターの小ホールで,「未来を育む川での学び」をテーマに豊田市矢作川研究所シンポジウムを行いました.今回のシンポジウムは,未来を担う「こども」に着目して,こどもの自然体験の価値について共有することを目的の一つとしました.さらに,川での自然体験を行う際の課題を明らかにすることで,川での学びの継続的な実施や支援についても考えました.

まず,吉冨友恭先生(東京学芸大学環境教育研究センター教授)から「河川の自然体験と地域が支える学び」と題して講演をして頂きました.川は魅力的な学びの場であり,こどもにとっても発達段階に応じた学びが可能で,学びの広がりや深まりも期待できるという内容を聴いて,研究所で実施している川の観察会の意義を再確認することができました.また,豊田市の岩本川で実施した「ふるさとの川づくり」も学びの事例として話題に上げられ,地元の児童たちの川学習が,「気づく→習得する→使う」という深い学びにつながっていることが紹介されました.さらに,川での学びの実践のためには,多くの主体が関わることを踏まえ,地域の専門家が多岐に渡って関わっていくことが望ましいとのメッセージもあり,矢作川研究所に求められる役割は大きいな~と感じました.

その後,矢作川研究所の取組について3題報告しました.

「未来の矢作川を良くするために」と題した内田研究員・白金研究員からの報告では,ふるさとの矢作川に親しむ観察会として「矢作川学校」の取組が紹介されました.矢作川学校は,川遊びを通して元気なこどもを育てることを目的に2002年に開校され,昨年度末までで約660件の講師派遣数,3万人を超える参加者数を有する実績を持ちます.最近では,未来の矢作川を良くするために研究から見える矢作川の実態を伝えたいと,未来の担い手であるこども達に,矢作川を五感で感じてもらう(例:ダム下流の安定化した河床に多い「カワシオグサ」の”ゴワゴワ”した触感)深掘り型の観察会を行ったことも報告されました.

「こども×ガサガサ ―川での楽しい自然体験と学びの一つとして」と題して私(小野田)も報告しました.ガサガサとは,石や草むらに潜む魚を足で驚かして網に追い込む漁法ですが,単に楽しいだけでなく,学びにもつながることを紹介しました.たとえば,魚をたくさん捕るには魚の習性を知る必要があり,捕った魚の名前を知るためには見分け方も学ぶ必要があります.さらに,身近な川に多くの種類の魚がいることを体感すれば,生物多様性への気づきやその保全に繋がることも期待でき,矢作川学校等で行うガサガサは未来を育む川での学びにピッタリなのでは・・・という考えを紹介しました.

「川の学びでこどもの認識はどう変わる?―小学生を対象にした調査から」と題した吉橋研究員からの報告では,岩本川における小学生の川学習(生きもの採集を含む)の効果を分析した結果が紹介されました.川学習の前後で児童が描いた川の絵を比較した研究では,「生きものが草むらに隠れている状況」が絵に描かれるようになり,生きものの生息場利用への理解が深まった事例などが報告されました.また,アンケート調査を用いた研究の紹介では,捕獲などの体験によって生きものへの関心が高まる傾向についても報告されました.

最後のパネルディスカッションでは「川での学びを続けるために」をテーマに討論が行われました.パネリストは吉冨友恭先生のほか,谷口隆さん(小学校教員),山口健一さん(市民ボランティア),矢部ユカさん(日本カメ自然誌研究会)の計4名で,コーディネーターは山本研究員が務めました.

まず,実態として豊田市内の小学校の約半数が授業で川に行っている一方で,行っていない小学校も約半数あるという調査結果が共有されました.川での体験型学習ができない理由も共有されましたが,そのうちの「教え方が分からない」などの理由は,矢作川学校に講師を依頼される小学校の先生からもよく聞かれるもので,納得のものでした.ただし,パネリストの方からは「まずは川に行って,楽しむことが大切!」や「教えすぎず,感じてもらうことも大切!」という意見が出され,川の生きもの採集などで楽しんだ経験を持っているパネリストならではの積極的な意見だと感じました.

川の学びを続けるためには,先生などの指導者に「川に行って楽しんでみよう!」という気持ちを持ってもらうこと,それを実行へと促す誘導が重要なのだと知りました.そのためには,指導者の方に川の生きもの採集などを通じて,川の魅力や楽しさを体感してもらう必要があると感じました.(私の経験と反省として・・・)ついつい教えすぎてしまうこともありますが,こどもも大人も含めて参加者自身で川の楽しさに気づいてもらうよう,見守る姿勢が大切なんだな~としみじみ感じたシンポジウムでした.


吉冨先生による基調講演

岩本川での学びの事例紹介

内田研究員による報告

白金研究員による報告

小野田による報告

吉橋研究員による報告



2025/12/21

枝下町で「川の話を聴きあう会」を開催しました

矢作川をはじめ、川と人との関わり方は、時代とともに大きく変わってきました。昔は身近だった川での遊びや暮らしの記憶は、今では語られる機会が少なくなっています。そのため、そうした貴重な記憶を記録にとどめたいと、これまで複数の方々に聴き取りを行ってきました。また、今も川を大切に思い、整備や保全などの活動に関わっている方々の思いや活動についてもとても貴重であると考えます。そこで、川と関わっている皆さんとともに、川のことを改めて考え、次の世代に伝えていく視点を共有する時間を持ちたいと考え、一人の語りをもとに意見交換を行う「川の話を聴きあう会」を企画しました。

2025年12月21日、豊田市枝下(しだれ)町で活動する「枝下町遺跡調査隊」(注)の皆さんにご参加いただき、初めての「川の話を聴きあう会」を開催することができました。枝下町は、かつて、枝下用水の取水口が設けられた地区で、旧飯田街道が通り、矢作川を舟で渡る渡船場がありました。

川の話を聴きあう会では、まず、枝下町にお住いの菅沼一郎さん(1932(昭和7)年生まれ)(枝下歴史研究クラブ)の語りの音源を流しながら、川や地域の歴史を示す写真のスライドを上映しました。音源は2024年10月に、渡船場があった場で、15分間、聴き手側の質問を挟まずに語っていただいたものです。その内容は、菅沼さんが矢作川で子ども時代に見た渡船の様子や友達と川で大いに遊んだ経験、農業用水の取水口が設置された枝下町ならではの歴史、昔はたくさんいた「魚の顔」を最近見なくなったことなどでした。

スライド上映後、参加者の皆さんに菅沼さんの語りにまつわるお話をお聴きしました。特に話題となったのが渡船についてでした。菅沼さんが、川を渡りたいときの船頭への依頼の仕方や、船頭がどのように舟を操ったか、また、友達と渡し舟で遊んだことなどを語っておられたことが影響したと思われます。自分の父親が船頭をしていたという方も含め、渡船についてよく知っている方々がおられる一方で、今回初めて渡船場の場所がわかっておもしろかったという方もおられ、会員のなかで渡船についての知識には濃淡があることが伺えます。渡船の話は今後の世代にも語り継いで欲しい、渡船場と舟を復元しようか、というアイデアも出ました。

また、枝下町では、地域の歴史を次世代につなぐ活動が長年続けられてきたそうです。菅沼さんと同年代の方々が、老人会の出し物として渡船を題材にした劇を小学校の学芸会で披露したこともあったそうです。他にも、かつてあった流れ橋のこと、「枝下の高千穂峡」といわれる枝下用水の第二樋門付近の光景の魅力などについて、活発な意見が交わされました。

その後、菅沼さんの語りを11項目にまとめたものの中から、「聴き継ぎたい・語り継ぎたいもの」を選んでいただきました。その結果、聴き継ぎたい・語り継ぎたい項目として、「旧街道が通る枝下地区では、矢作川を舟で渡った時代があった」は回答した10人全員、「矢作川が増水した時は、“測り岩”が水没したかどうかで渡し舟を出すかどうか決めて、事故を予防した」「矢作川の水を農業用水として使うために枝下地区と下流地区の利害対立が起き、紛争があった」は8人によって選ばれました。項目の全てを聴き継ぎたい・語り継ぎたいとした方もいました。

今回、矢作川についてのお一人の語りを共有したことで、川のことをあまり知らなかった方にとっては、川にまつわる住民の記憶を新たに認識する機会となったと思います。一方、川のことをよく知る方のアンケートにも「こういった話をだんだん聞けなくなるのは悲しい。貴重な話だ」「渡し舟の話は何度も聞いたことがあり、本日渡し舟の重要性を再認識できた」と回答があったことから、川の記憶を再認識する機会にもなったと感じました。このような聴きあいの場が、地域の記憶を受け継ぐ機会の一つとなれば嬉しいです。


語りのスライドを視聴する皆さん


注.枝下町遺跡調査隊について
枝下町遺跡調査隊は、「枝下町の歴史的価値をPRすること」を目的に2021年に設立された団体です(会員14人)。枝下町に隣接する矢作川の中州(通称「中島」)において、川の流下能力改善のために樹木伐採と土砂撤去が行われ、中島がなくなるという知らせに衝撃を受け(後に、工事対象は水面から上部のみということがわかる)、中島の変遷を観察し、枝下用水の遺構を調査しようと活動を始め、今年度で5年目となるそうです。SUP(スタンドアップパドルボート)に乗って矢作川から枝下用水の遺構を撮影したり、用水に多くの水を引くために矢作川に設置された「牛枠」(写真4枚目)という構造物を「枝下用水資料室」※と共に原寸大で復元したり、川の様子が観察できるように川辺の竹伐りや草刈りをするなど、活発に活動されておられます。この日は活動日で、会員の皆さんは新しく設置した倉庫に棚を作る作業や河川敷の整備作業をしたうえで、川の話を聴きあう会に参加してくださいました。

※.枝下用水資料室について
地域との協働研究拠点である枝下用水資料室の活動については、同資料室が発行する「続・枝下用水日記 矢作川の流れのほとりから」及びブログで発信されている。リンク…枝下用水日記


活動の様子1:新しく設置した倉庫に棚をつける

活動の様子2:吊り橋の架構※が残る活動地の河川敷整備作業 
※1959(昭和34)年完成するも同年の伊勢湾台風で流出

牛枠:木でつくられ、竹で編んだ蛇篭に石を入れて重しとした。枝下用水資料室前に展示されている。制作:枝下町遺跡調査隊・枝下用水資料室 協力 広瀬やな組合・(有)ホリサ 2025年4月28日撮影 

枝下町遺跡調査隊の皆さん